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光が差し込む子育て日記

「ちゃんと」「良い」子育てができているのか不安なママへ

わたしのこと

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おはようございます!

mayu*です

 

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(宮沢賢治資料館:ポランの広場にて。写真と内容は関係ありません(*ノωノ))

 

 

私は1965年3月3日に静岡県で生まれました。

 

母曰く。

 

母の一番上の兄が、3月生まれの女の子が欲しかったんですって。

でもその叔父のところは夏に娘が誕生、その半年後…しかも桃の節句に、姪である私が誕生します。

 

きっと母としては、「なんでこんな日に生まれてきちゃったかな・・・」という感じだったのではないかなと思います。

 

私もどんな挑戦状をたたきつけるためにこの日に生まれることを選んだのかしら(笑)

 

 

そして、母は今にして思えば、少しスペシャルな性格の持ち主。

 

 

さっきと今では言うことが違ったり、私だけ昨日の残りものでごはんだったり等、大人になってから弟と振り返っても、あまり母は私のことを愛せなかったような行動や言動が日常的でした。

 

おかげさまで(笑)、私は私の性格の形成や、大人になるためにこうするべきという決め事を自分で決めなくてはいけないことが多くありました。

 

わかりやすいところで言うと「赤信号は止まれ」という、そういうルールがあるらしいとか、「人の畑に生っているものを盗ってはいけない」らしい、とか。

 

周りの人たちの行動を見て、学ぶ。

そして母を見て、あれっ?ってなり、また確認してみる。

そんな繰り返し(笑)

 

そんな風に、小さな頃には、「今日はこうで、明日は違う」みたいなことに、とても混乱していました。

 

反抗期にはその混乱に耐えられないのと、愛されていないつらさから爆発( ゚Д゚)( ゚Д゚)

 

 

単身赴任でほとんど家にいない父には、私の一方的な反抗と映ることで、顔を合わせれば喧嘩か無視。

(父とは亡くなる寸前に和解しましたが、11歳の時の反抗エピソードがその時まで父を悩ましていました)

 

有難いことに、両親それぞれの祖母が私の「女性としてのロールモデル」になってくれたので、大きく道をそらすことにはなりませんでしたが、それがなかったら墜ちるきっかけはたくさんあったなぁと、ぞっとします。(ドラッグも結構身近にありました)

 

祖母がロールモデルになることで、実はまた新たな問題を引き起こすわけですが、またそれは別の機会に。

 

そして、この経験を通して、今この仕事をする上で良かったことは

 

親の立場に入れない

 

ということ。

 

私も親になって30年を過ぎましたし、子育ての頃には「良いお母さんとしてどうあるべきか」を頭で考えて行動はしてきました。

 

でもね、いくら客観的に「良いお母さん」としての行動は作れても、よく伺う「お母さんとしての悩み」が、自分事としてはわからないんです。

 

 

私の言うこと聞かないんです

ちゃんとやらないんです

ゲームやめないんです

 

 

ということが、よく聴く、お母さんの悩み、なんですよね。

 

でも私の中にはまったく理解できないんです。

仰っている言葉はわかりますし、困っている様子もわかります。

 

でもね、

 

 

お母さんの言うことって聞かないとダメなの?

ちゃんとやらないとダメなの?

ゲーム、やめないといけないの?

 

 

そのくらい、お母さんの言うこと、決めることって完璧で、それが絶対正しいんだろうか、と思うんです。

 

 

ちょっと冷たいことを言っているように感じられるかもしれませんね。

 

 

でも、そういう時ってお母さんに「ちゃんとしたお母さんにならなきゃ」っていう緊張があるんですよね。

そういう緊張を手放すと、親子関係ってぐんと良くなる。そういうのをずっと見てきました。

 

 

私の親子関係のカウンセリングは、最初はちょっとつらいかもしれません。

でもその後はお母さんもお子さんも憑き物がとれたように楽になり、お互いが良い人生を歩きだします。

 

私は、

 

絶対、お子さんの、「わたし、ぼく」の部分の味方になります。

絶対、お母さんの、「私」の部分の味方になります。

 

 

これが私がカウンセリングをやっている理由で、そういう観点の形成のために必要だった母には感謝しています。

 

長い文章を読んでくださって有難うございました。

 

-mayu*